webデザイナーのぼやきと日記
| Admin | Write | Comment |
カレンダー
05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
ブログ内検索
tag
プロフィール
HN:
高坂ハナエ
HP:
性別:
女性
職業:
webデザイナー
趣味:
昼寝
最新コメント
[08/26 roulette systeme]
[08/25 Systeme fur Roulette]
[08/10 Roulette Internet]
[06/12 Spielautomaten Tricks]
[05/06 Spielautomatentricks]
[04/23 novoline Spielautomaten überlisten]
[04/22 novoline kostenlos spielen]
[03/30 Tricks]
[03/30 seite]
[02/25 Roulettetrick]
最新トラックバック
カウンター
アクセス解析
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

法律とかは、はっきりいって詳しくないので、語ると見苦しいから省きます(笑)。

まぁ、死刑とかの法律がちゃんと説明できない私みたいな一般市民から考えて、自分の犯した罪にたいして、死をもって贖う、人間の死と同等の罪ってなんなんだろうか。

私は別に、死刑廃止支持とか死刑推奨とか、そうゆうのは一切ない。
人間の死で贖える罪があるのだとしたら、死刑もありえる話なのかなと。

よく、テレビの会見で聞く言葉

「死刑をもって贖うべき」
「極刑を望みます」

被害者の親族の方でないと、もしかして理解できない心情なのかもしれない。
ただ、たとえ加害者が死刑になったとしても、その罪は綺麗には消えないはず。

被害者が亡くなっていれば、それが生き返るわけでもなく、
罪を犯したという事実は、永遠と残るわけ。

罪を犯した人間が、死刑で死ぬ
死んだあと、被害者にどれだけの絶望感やむなしさが残るものなんだろうか。
純粋に、達成感のような気持ちには、到底なれないのではないだろうか。

ただ、

「結局死刑にはならないんだから」

こんな甘えが、加害者の側に生じているとしたら、それも救えないなと。
罪を犯すということに、多かれ少なかれのリスクはつきもの、
死刑にならないから、といった理由で、罪悪感のかけらもなくとんでもない犯罪をする人もいるかもしれない。

難しい問題だな、と。
PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[18] [17] [16] [15] [14] [13] [12] [11] [10] [9] [8]
忍者ブログ [PR]